③望んでいた生き方と長い旅

場所に縛られないリモートワークというのは、仕事以外に「主」の世界を持っている人に向いている。
しかし熱中するような趣味がない自分にとって、完全リモートワークはある種、コミュニティとの断絶を意味する。

例えば、私の仕事の一つに「他人が書いたものを編集、修正する」ことがある。
他人の書いたものには、色々な笑ってしまうミスがある。この15年くらいを振り返れば
プロ野獣(プロ野球の間違い)
イクラ戦争
そして最近では、フェラリー(フェラーリの間違い)

こんなのを目にしてきた。

「フェラリー」というミスを見つけた時、「ヒラリーかよ!」と突っ込みたいし
「プロ野獣」(JとKは隣のキーだ)を見た時は、「アマ野獣がいるんかい!」と爆笑した。

こういう笑いの共有は、周囲に人がいないとできない。しかも同じ仕事をしている人じゃないと、同じ温度で笑ってもらえない。夫じゃだめなんですか(蓮舫風に)。だめなんです。

笑いだけでない。文章の修正や編集という仕事そのものにおいても、自分ひとりでは判断がつかないことがある。時代によっても、想定読者によっても使うべき語句は変わる。けど、リモートだと相談する相手はいないから、自分ひとりで判断し、「ディスカッションを通さなかった」ことにもやもやを抱えることになる。

一人でしているように、或いは一人でできるように見える仕事でも、その仕事を軸にしたコミュニケーションは、自分の心や脳を、少し豊かにしてくれる。
特に私は、仕事以外で人とコミュニケーションをすることは少ないから、仕事に金銭以外のものを求めるのかもしれない。

もう一つ。私は色々な取引先を持っているが、各取引先の発注額は月額数万から十数万だ。専属ではないため、納期はそこまで厳しいものではなく、朝受注した仕事も正午までに返せばよい。
となると…、寝坊する。

午前中にやらないといけなくても、1時間でできるので、10時に起きて着手したら間に合う。

私は朝が弱く、大学時代、1時間目の講義は欠席を繰り返し単位を落とした。この12年でも、子供を起こした回数より、子供に起こされた回数の方が多い。
元々なまけ者な私は、出勤や難しいタスクを入れることで生活のリズムをどうにか維持してきた。趣味くらいでは起きられない。

特に昨年12月に、目標としていた試験が終わってからは、生み出した時間を、睡眠に消費するようになってしまった。

私はこの数年、それなりに努力を続けてきたが、それはとにもかくにも息子を食わせていかなければという将来不安が、強い原動力になっていたと言える。
そこそこの収入が得られるようになり、しかも私が倒れても息子を守ってくれそうな夫を確保し、

つまり、
分かりやすい不安がなくなると、元の怠け者に戻ってしまったのである。
学生時代と根っこが変わっていないことに、私は今、それなりに打ちのめされている。
そしてもう一つ、日本に戻って来た途端、在宅で一人で仕事をするメリットが一気に薄まり、もやもやばかりが生産されるようになった。





にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村

この記事へのコメント