フリーランスに明日はないの、だ・完

日が空きましたが、「サラリーマンと起業家とフリーランス」の続きになります。
私の地元、福岡にもフリーランスのライターさんはいるが、その稼ぎだけで家族を扶養している人には会ったことがないので(探せば当然いると思うが)、自分の今後を想像することも難しい。

仲間探しは、今の私にとって重要なミッションである。
帰国してすぐ、仕事で知り合ったフリーランスの先輩に会った。書くことと外国語を専門にしているので、やっていることも私に近い。

初対面なのに、ぶしつけに「やっていけますかね」と聞いたら、
「これから、残存メリットが出てきますよ」との答えだった。
彼いわく、「40を過ぎると、多くのフリーランスのライターが田舎に帰ったり、企業勤めに転じるので、逆にその選別を超えると、不思議と仕事が増えてくる」とのことだった。
もう一点、「外国語と編集の両方をできる人は貴重だから、絶対にフリーでやっていった方がいい」と勧められた。

「いやぁ、でもいつ切られるかわからんじゃないですか」
「そりゃ、この仕事の宿命ですよ。でも、やっていけると思いますよ」
ってな会話をし、ほのかな自信をもらって帰宅した。

私は中国語翻訳、英語翻訳、ライター、そして文章指導と4つの仕事をレギュラーでやっている。
その全てを組み合わせた仕事ってのはめったにないが、たとえば「文章指導」の仕事がほとんど来ない月には、中国語翻訳が怒涛のように来たりして、仕事の20%くらいは断ったり人に回すくらいの量をもらう状態が続いている。
ただし、4つの仕事のうち、月単位で報酬が決まっているのは1つだけなので、少ない月は新卒初任給並み、多い月は残業代がたくさんついていたサラリーマン時代を上回る、という不安定からは逃れられない。そして、「端正な日本語が書ける」(校正をすっ飛ばせる)という自分のスキル上、日曜だろうが祝日だろうが、短納期の仕事が降りかかってくることが非常に多く、ノートパソコンとwifiルーターはどこに行くにも手放せない。

今、1日の作業時間は平均3、4時間だ。しかしその時間は相当に集中しているので、給料が倍に増えると言われても、作業時間を倍に増やすのは無理だと思う。そして、請求書を書いたり、納期についてメールでやり取りする時間は、当たり前だけど無給である。
サラリーマンはやたらと雑務があるが、考えてみたらその雑務にもお金が支払われるんだから、集中してやれば10分で済む仕事を、隣の人としゃべりながら1時間かけるスタイルになるのは、そりゃ避けられない。

私は今の状況を、しばしば、はぐれ鳥に例える。
気が付いたら水場にいて、毎日決まった時間に、知らないおじさんが餌を持ってきてくれるから、とりあえず飢えることはない。
しかし、私以外の鳥がどこにいるのか、このおじさんがなぜ餌を持ってきてくれるのか、どういう順路で回っているのか、そして私が食べている餌がほかの鳥より良いものなのか、そしておじさんが明日も来るのか、そこで餌をついばんでいる限りは何も分からない。

今日のことを一生懸命やって、今日満腹になっても、明日も同じ1日になるとは全く分からない。未婚の母として社会のさまざまな保障から外れてきた私は、一般的な人より警戒心が強いので、毎日餌を持ってこられても、明日も来てくれるかを疑っているから、毎日おなかが破れるまで食おうとして、そして腹を下したりもしかねない。

夏に会ったフリーランスの先輩は、私にとって、ある仕事の発注者でもあるので、
「この仕事、まだしばらくは投げてもらえるんですかね」と聞いたら、
「今年は大丈夫ですよ」とのことだった。
せいぜいその程度の保証である。来年はどうなるのだ、わ・た・し。

生きていくためには、全体図を見渡せるマップや、情報交換する仲間が必要で、今は毎日餌を持ってきてもらっていても、よりいい餌場があるなら移動するべきだけど、その移動のための蓄えも必要になったりする。
年次に応じて仕事が与えられるわけでもないので、分かりやすい「能力の証明」も必要になる。

「よく勉強するね~」と言われるけど、サラリーマンだったらこんなに勉強しませんよ。
私のような働き方は、「雑務をしない」ことで自由時間を得られるのと引き換えに、「いつでも切る権利」を発注者に与えているとも言える。

自分の時間を自分で支配できることは素晴らしい。私は、行きたいときに海外に行き、面白そうな仕事があれば、トランク一つで飛び込みたい。それで食っていけるんだから、10年前の私から見たら理想的な生き方である。
しかし私は今も、復職する夢を見る。復職したものの、周りの流れについていけなくて、初日から後悔する夢を、何度か見た。
どこかに所属して安心したい、そして、タスクや達成感を人と分かち合いたい、そのような欲求が根っこから簡単に取れないのは、自分のスタートや周囲の人々が典型的な日本企業のサラリーマンだったからなのだろう。






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