サラリーマンと起業家とフリーランス②起業家について

 私の今の身分は自営業だが、起業家ではない。会社員時代に、仕事を辞めることが伝わると、「ついに起業ですか」と何度か言われたが、私の周囲に起業した人がわんさといるから、この人たちと自分は全然違うとよくわかっている。

 全員ではないが、起業している人たちの多くは、親とか恋人とか、とにかく身近に自営業だとか事業家だとか起業家がいて、起業への精神的ハードルが低い。
 環境は大事だとつくづく思う。
 仲のいい女友達は、親どころかこれまで付き合った人もみな起業家である。狙ったわけでなくたまたま。
 私の周りに起業家は多いが、それは今の話であって、30歳以前には1人2人しか遭遇していない。

 私とその友人は、共にシングルマザーであり、共に、働くことと子供を育てることの両立の壁にぶつかった。
 周囲が起業家だらけだった友人はすっと起業の道を選び、私はより両立しやすい環境を模索して何社か転職活動をした末に、最後は海外に脱出した。必要な勇気の量は同じだが、方向性がこんなに違うのは、育ってきた環境と出会ってきた人が違うからだろう。

 私の息子は、会社員時代から奨学金だけで生活する貧乏時代、それから一つ一つ仕事を見つけていく時代と全て寄り添っている。今は私がパソコンに向かっていると、「それ仕事? いくら?」と聞く。
 こんな環境で育った息子は、私よりも自営業寄り、起業家寄りの大人になるだろうなとも思う。

 そして起業する人を間近で見てよく思うのは、
 この人たちは、人に迷惑を掛けながら生きている。ということだ。

 迷惑を掛けてもやりたいことがある。この人たちは、一人ではできないことをやろうとしていて、どうしてもやりたくて、結果として周囲の人を巻き込み、時には人生すら捻じ曲げてしまう。

 私は、高校生の頃から「自給自足」を目標として生きてきた。だから「何がやりたいの?」と聞かれると、「どんな状況になっても食えるようになること」「世界の雇用が3分の1になっても、その中で仕事を見つけること」となってしまう。
 そういう目標は、個人の努力と嗅覚だけで達成できることが多い。自分の人生は丸ごとギャンブルのテーブルに預けられても、他人の人生は一ミリもリスクにさらしたくない。それが私だ。

 まあ、起業している人たちは、他人の人生をリスクにさらす覚悟を持っているというよりは、やりたい気持ちがすごく大きくて、それが実現されない限り、自分も周囲の人も社会も幸福度はアップしないのよ~という、時に狂気じみた信念で動いているように見える。私のように、よくも悪くも考え込む人間は、人に迷惑をかけない範囲でこの人たちに蓄えの一部を差し出すことで、ささやかな満足感を得ている気がする。





にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村


 

 

 

 

この記事へのコメント