⑳中学受験とかけて跳び箱と解く その心は

 私立中入試の難問について。
 私は学生時代、1年生冬から卒業まで塾講師のバイトをやった。受験指導まであったからか、同じ学年のバイト仲間は東大2~3人、一橋2人、早稲田1~2人(私を除く)、慶応1人だった(数字の変動は途中の入れ替わりのため)。バイト先のルールで、私たちは学生であることを隠し、中学受験や高校受験、たまには大学受験の子供たちに勉強を教えた。
 当時の生徒や保護者には言えた話ではないが、私たちのほとんどは地方出身で中学受験を経験していなかったから、高校受験には対応できても、中学受験の問題が解けなかった。
 すらすらやってたのは中学からエスカレーター式で早稲田に進んだ1人のみ。あとは自分の生徒のレベルに合わせ、授業の前に一生懸命予習してた。旅人算、流水算なんて言葉は、全部この頃知った。

 つまり、あの手の問題ができないと名門中学には行けないが、別に東大に行けないわけではない。では、難問対策に費やす時間って何なんだろうとこの数週間考えている。

 私立中学入試の問題は、跳び箱のようだ。
 人並みの運動神経があれば、4段5段はすぐ跳べる。しっかり練習すると6段7段も可能だ。しかし8段9段ともなると、良いコーチについて良いクラブに通って、多くの時間を費やして、擦り傷をこさえながら、涙目になりながら取り組むのだろう。そしていくら努力しても、このレベルになると個人の適性や能力の限界も出て来る。
 
 クリアしたらそりゃ達成感あるとは思う。難問解いて名門中学に合格しても、跳び箱9段跳べても。その華麗さは分かりやすいし。拍手喝采だ。
 しかしスポーツ選手になる人がみな、跳び箱8、9段跳べる必要はない。

 5年生2学期という受験生としては比較的遅い時期に塾に入った息子でも、試験対策にはかなりのエネルギーを投入した。今月に入ってからは「今日は何やったの?」と聞いたら「プリント」という答えばかりだった。
 息子は授業は好きだったようだが、プリントは面白くないとぶつぶつ言っていた。
 
 難問対策に時間を費やすのが、最も効率的な選択と言えるのだろうか。その時間を投じて外国語を1つ習得した方が、よほど人生の幅は広がる気がする。今更遅いけど。

 うちの場合、本人や周囲が思っていたより偏差値の高い中学に合格したので、「もう少し早い時期から始めとけば」「もっと早く帰国してれば」という声も身内から出てきた。
 けど、ホークスの応援に行く時間を入試対策のプリントに振り替えてもう1ランク上の学校に合格することが、息子の生活の質を上げるのか。あの時間を取りあげてはいけないことは、私でも分かる。

 小学生の頃、受験をする友達が何か特別な切符を持っているようでうらやましかった。だから私も息子の受験に費用を投じた。成績が上がってそれは良かった。でも、あと10万投資したらさらに1ランク上の学校に合格できますよ、と言われてもそれはしないだろうなと思う。
 跳び箱は6段跳べれば上等。この後に1段2段を積み増す労力は、何か別のものに注ぎたいなあ。

 余談ですが1年ほど前に、塾のバイト仲間と卒業以来久々に再会しました。私はUターン就職したから皆のその後をよく知らなかったが、大学を4年で卒業してすぐに就職したのは、5、6人のうち私だけだった。
 慶応の人は数年後に司法試験に合格し、法曹界に入り(これは多くの人が許容できる進路かな)
 東大理1の人は期末試験の日を忘れて留年、さらに翌年も何らかの事情で留年し、技術系の大手企業に入ったが、途中で転職。
 そして東大文1の人と一橋の人も留年し、驚いたことに30歳過ぎるまでその塾でバイトを続けていた。
 早稲田の人は大学を中退し、個人塾をやっている。

 彼ら、彼女たちは別に落伍者ではない。失意にあるわけでももちろんない。今の社会はそうなんだと思う。私もそうだけど、みんな、どういうチョイスをすれば世間に安心されるかは分かったうえで、そして家族や友達に「東大行ったのに」と残念がられることは認識しながらも、自分にとってのいい生き方を選択する人が増えているのだと思う。これからも増えていく。「鉄板」な道というものがあいまいになっていく社会だから。
 
 そういうのも、私が息子の進路を先回りしてお膳立てすることをやめようと思う大きな理由だ。
 親の先回りは空回りになりかねない。投資が多いほど無意識にリターンを求めるし、思い描いた結果にならなければストレスも大きくなる。
 そして私の世代の理想が、子供の世代の理想である保証はどこにもない。

 振り返れば高校、大学、会社…のどれも、私がいた場所は、私がいた時期が世間的な評価のピークだった。
 どこも苦労して入ったのに、今はそれほど難しくなくなっている。
「それが少子化社会なんだよ」「僕たちは上の世代と違って逃げきれないんだ」と友人が言った。
 ぐるぐる考えてたらもう面倒になって、私は子供に丸投げすることにした。
 息子は時々、「お金を出すのはおママだから、おママが決めていいよ」という。
 私はそういうものにはお金を出さずに、息子が「頑張るからお金出して」と言ったときに、お金を出そうと思う。それを見つけてほしい。無責任だと言われても、私のキャパではこれが限界でございます。正直、息子の未来より自分の明日を戦うのに必死だ。今なお…
 




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